京都地方裁判所 昭和26年(ワ)741号 判決
被告(反訴原告)土生秀穂は別紙目録<省略>記載第一の、同菅野善三郎は同記載第二の、同神崎久雄は同記載第三の各家屋を原告両名に対し、被告(反訴原告)荒木達三郎は同記載第四の家屋を原告(反訴被告)井上祥太郎に対してそれぞれ明け渡せ。
被告(反訴原告)等の反訴請求を棄却する。
訴訟費用は本訴及び反訴により生じた分は共に被告(反訴原告)等の負担とする。
この判決は原告等において各被告(反訴原告)に対し金一万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。
被告(反訴原告)等において各自金三万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、本訴について主文第一項と同趣旨の判決を求め、反訴について請求棄却の判決を求め、本訴請求原因並びに反訴の答弁として、(一)原告上田清は、別紙目録記載第一、第二及び第三の各家屋の所有者であり、原告(反訴被告、以下単に原告という)井上祥太郎は右第一、第二、第三の各家屋を管理をしている者であるが、また自らも同記載第四の家屋の所有者である、原告井上は、右の地位に基いて被告(反訴原告、以下単に被告という、相被告三名についても同様である)土生秀穂に対し第一家屋を、同菅野善三郎に対し第二家屋を、同神崎久雄に対し第三家屋を、同荒木達三郎に対し第四家屋をいずれも賃料月額五百三十五円で賃貸していたが、右賃貸借契約には、賃借人において賃料の支払を一回でも怠つたとき、又は、賃料値上げの請求に応じないときには直ちに契約の解除をなし得る旨の特約が附いていた。(二)昭和二十五年八月十五日公布同日施行の物価庁告示第四七七号によつて同年八月一日に遡つて家賃が改訂されたわけであるが、仮りに右告示の施行によつて約定賃料が当然には増額されるのではないとしても、原告井上は同月末被告等に対して右統制額までの家賃増額の意思表示をしたものであるから、それによつて本件各家屋の賃料は八月一日に遡つて修正統制額まで増額されたものである。しかして、本件各家屋はいずれも昭和十九年建築完成のものであるから、その修正家賃統制額は月額第一家屋が金千八百十六円、第二家屋が金千七百八十円、第三家屋が金千七百八十二円、第四家屋が金千七百九十五円となり、被告等は各賃借家屋について右と同額の家賃を同年八月一日より支払うべき義務があるにもかかわらず右家賃増額を肯んぜず右八月分家賃として従前どおり金五百三十五円を支払つただけで、同月分の右増額家賃との差額及び翌九月分以降の家賃全額を支払わない、(三)よつて、原告井上は、被告等に対し昭和二十五年十一月二十六日頃到達の書面をもつて同月三十日までに右延滞賃料を支払うべき旨を催告したが被告等は右期間を徒過したのみならず、同年十二月二十九日には原告井上に対し、被告土生は新公定家賃の五割、同神崎、同荒木はその六割、同菅野は他の借家人と同額の家賃しか支払えない、原告井上がこれを承認するまでは家賃を支払わない。又原告においてこれを承認するならば延滞家賃の内金二千円のみ支払うと称して賃料値上げの請求に応じない、(四)そこで、原告井上は昭和二十六年三月二十五日到達の書面で被告等に対して右の理由に基いて本件賃貸借契約解除の意思表示をした。仮りに然らずとするも同二十七年七月十五日の本件口頭弁論期日において同日附準備書面の陳述により契約解除の意思表示をした。従つて、原告井上及び被告等間の本件各家屋賃貸借契約は右解除の意思表示の到達と同時に終了したものであるから、被告等はその後直ちに各賃借家屋を賃貸人である原告井上に対して返還すべき義務がある。然るに被告等は各賃借家屋を占有してこれらを明け渡さないが右は賃貸人たる原告井上に対する返還義務の不履行であると同時に第一、第二、第三各家屋に対する原告上田の所有権の侵害であるから、原告両名は被告土生、同菅野、同神崎に対し、原告井上は被告荒木に対して各々その賃借に係る占有家屋の明渡を求めるため本訴に及んだものであると述べ、被告等の主張に対し原告の右賃料支払の催告に対し被告等はいずれもその半額に等しい額を賃料額なりと称し、又本件家屋が昭和十八年完成なりと称しながら、それを基準とする賃料額を支払うこともしない。右は全く賃貸借関係を継続し難い不誠意というほかはない。更に昭和二十五年九月三日のジエーン台風による本件各家屋の破損箇所は、原告井上において修理し、賃貸人としての修繕義務を尽していると述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は、本訴について、原告等の請求を棄却する、との判決と敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め反訴について、反訴原告土生秀穂は別紙目録記載第一、同菅野善三郎は同記載第二、同神崎久雄は同記載第三、同荒木達三郎は同記載第四の各家屋について反訴被告に対して賃料を昭和二十五年九月一日以降一ケ月反訴原告土生、同菅野、同荒木においては各金七百円、同神崎においては金八百円とする賃借権を有することを確認する、との判決を求め、本訴に対する答弁として、原告等主張の請求原因事実につき、(一)の事実中原告主張の如き特約があつた点を除いて、その余の事実は全部これを認める、(二)の事実中、物価庁告示第四七七号で家賃統制額が修正された結果、本件各家屋の建築完成年度を昭和十九年と仮定して計算すればその修正統制額が原告等主張の金額となること、原告井上から右統制額までの家賃増額請求があつたこと(但し、その日時は昭和二十五年十一月二十三日である)、被告等において原告等主張の如き賃料の未払があることを認める。(三)の事実中原告井上がその主張の如く延滞賃料の支払方を催告したこと、被告等が右催告に応じて賃料を支払わなかつたこと原告がこれを理由に契約解除の意思表示をなしたことは認めるが後述の如く被告等においては支払わぬ正当の理由があるのである。その余の事実はすべて否認すると述べ、抗弁として、(イ)被告等の前記賃料不払は次の如き正当事由に基くものであるから、債務不履行の責はない。すなわち被告等が最初本件各家屋を賃借した当時の家賃金は被告土生、菅野、荒木について一ケ月金八十円、被告神崎について一ケ月金百五十円であつた。これが昭和二十二年九月一日物価庁告示による家賃統制額の修正に際し、前三者については一ケ月金百六十円、後者については一ケ月金三百円に、更に同二十三年十月十一日には統制額の修正に便乗し前三者については一ケ月金四百五十円、後者については一ケ月金六百円に増額されたが、これはいわゆる闇家賃で、原告井上は表向は月額金二百五十円であることにしておいてくれと被告等に懇願していたものであつた。更に、同二十四年六月には原告井上が前三者について一ケ月金八百円、後者について一ケ月金千円の家賃を請求して来たが、これを不満とする被告等を含む借家人が種々交渉した結果同人も漸く折れて前三者について月額金五百三十五円、後者について月額金六百八円の家賃を決定したのである。ところが昭和二十五年八月十五日物価庁告示第四七七号で家賃統制額が修正されるや原告井上は家屋の建築完成年度を偽つて昭和十九年に完成されたものとして不当に高額の家賃を請求して来ただけでなく、この際改めて家賃三箇月分相当額の敷金を入れて貰いたいと要求して来るに至つたのである。元来、物価庁告示の定める家賃統制額は賃料額の最高額を制限するものであつて、右統制額の修正があれば当然に、その修正額まで約定家賃が増額されるものではなく、修正額の範囲内で客観的に適正な家賃を当事者間の合意で定めるべきことを規定するに過ぎない。本件家屋が実際に完成したのは昭和十八年であるが、昭和十八年に完成したものとして算出した修正統制額でもなお高きに失する事情がある。そこで被告等は後記ジエーン台風による損傷をも考慮して、右修正統制額の範囲内で客観的に適正と認める家賃、すなわち第一、第二、第四家屋は月額金七百円、第三家屋は月額金八百円(この額が客観的に適正であることは、昭和二十六年十月に行われた固定資産再評価による本件家屋の評価額を基礎として統制家賃金を算出するときは第一家屋は月額金八百九十七円十二銭、第二家屋は同八百八十五円三銭、第三家屋は同八百六十三円六銭、第四家屋は同八百十二円二銭であることからも窺われる。右再評価額は全般的に地方税法第三百四十一条第五号の要求する適正な時価を著しく上廻るのであるが、それを暫く論外としてもなお右の程度の賃料額となるに過ぎない。)。に定められたい旨原告井上に申し入れたがその拒絶するところとなり、更に、被告等は適正な家賃決定を求めて原告等を相手方として調停の申立をしたのであるが、これも原告等の反対で不調に終つた。以上の様な次第で被告等が円満な解決を希望して誠実に熱心に努力したにもかかわらず原告等の利己的な行動によつて争は解決困難に陥つたのであつてその責任はすべて原告側により、被告等に債務不履行の責任はない。(ロ)また、原告井上がジエーン台風による本件各家屋の破損箇所修理のため、借家人側に大工を世話してほしい旨申し出たときより後である同二十五年九月十日頃被告等を含む全借家人が家賃として金一千円宛を醵出し、訴外梅林宇三郎がその代表者として原告井上方へ持参、同人妻訴外井上慶子に提供し、その受領方を求めたが拒絶されたのであつて、被告等には債務不履行の責任はない。(ハ)本件各家屋は同年九月三日のいわゆるジエーン台風のため、いずれも大損害を蒙り居住に堪えなくなつたので、原告井上に至急その修繕方を要求したけれども拒絶されたので、止むを得ず被告等の自費で応急修理を施したが、その修理費として被告土生は金三千円、同菅野は金二千円、同荒木は金二万円を支出したものであるが、被告等は賃貸人である原告井上の右の如き修繕義務不履行に対し、同時履行の抗弁権を行使してその家賃支払を拒んでいるものであるから債務不履行の責任はない。(ニ)また仮りに被告等に債務不履行の責任があるとしても、前記の如く実際の家賃よりも不当に高額の家賃支払を請求した催告はいわゆる過大催告として無効であり、この無効な催告に基いてした本件賃貸借契約解除は無効であると述べ、反訴請求原因として、原告井上は本訴において被告等の賃料不払を理由として賃貸借契約を解除したと主張するが、その理由がないことは本訴において答弁したとおりであり、また本件各家屋の賃料を物価庁告示の統制額の範囲内で適正な額を定めるならば、これまた被告等が本訴において主張した金額となる。そして原告井上が賃料の増額を要求して来たのは昭和二十五年十一月二十三日であるが被告等は同年九月一日に遡ることが公平妥当であると信ずるから、この点を譲歩して、被告等が各居住家屋について原告井上に対して昭和二十五年九月一日以降賃料月額、第一、第二、第四家屋は金七百円、第三家屋は金八百円とする賃借権を有することの確認を求めるため反訴請求に及んだものであると述べた。<立証省略>
三、理 由
先ず本訴について判断をすると、原告上田が本件家屋中別紙目録記載第一、第二、第三の各家屋を所有し、原告井上がこれを管理し、且つ、別紙目録記載の第四家屋を所有している事実、原告井上が右の地位に基いて被告土生に対して右第一家屋を、被告菅野に対して第二家屋を、被告神崎に対して第三家屋を、被告荒木に対して第四家屋を賃貸していた事実、昭和二十五年八月十五日公布の物価庁告示第四七七号により家賃統制額が修正された結果本件各家屋の建築完成年度を昭和十九年として算出された修正統制額は第一家屋については月額金千八百十六円、第二家屋については月額金千七百八十円、第三家屋については月額金千七百八十二円、第四家屋については月額金千七百九十五円となること、原告が被告等に対し右割合による賃料増額の請求をなしたこと、被告等は昭和二十五年八月分の賃料として従前の賃料と同額の金五百三十五円を支払つたが前記修正統制額との差額及び同年九月分以降について全然支払つていない事実、原告井上が被告等に対して昭和二十五年十一月二十六日頃到達の書面で前記修正統制額による八月分の残額及び九、十月分の家賃を同月三十日までに支払うべき旨催告したが、被告等においてこれが支払をなさなかつたので原告はこれを理由に契約解除の意思表示をなした事実については当事者間に争がなく、証人梅林宇三郎の証言と原告井上祥太郎、被告土生秀穂、同菅野善三郎、同神崎久雄各本人訊問の結果を綜合すると原告井上が被告等に対し賃料の増額請求をなした日時は昭和二十五年八月末であつたことが認められる。そこで本件各家屋の修正統制額について、判断するわけであるが先ず本件各家屋の建築完成年度について原告は昭和十九年と主張し、被告は昭和十八年と主張する。思うに物価庁告示にいう「建築完成の時期」とは建物が例えば屋根及び囲壁を備え土地に定着した一個の建造物として存在するに至つたのみでは足らず、建物がその目的とする使用に適当な構成部分を具備する程度に達した時期を指称するものと解する。蓋し、前者と雖も所有権や抵当権の如き物権の客体となり、従つて不動産登記法による登記もなし得るであろうが、賃貸借においては賃貸人はその目的物を賃借人に使用収益させる積極的な義務を負担し、賃料とはかような義務に対する対価たる性質を有するものであつて家屋の建築完成年度によつてその建築費用に差があることを勘案し家賃統制額に段階を設けている右告示の趣旨からも考えるとここにいう建築完成の時期とは後者の時期と解せざるを得ない。このような観点から本件における具体的事情を検討すると成立に争がない甲第十号証の一、二、原告井上祥太郎本人訊問の結果によつて真正に成立したと認める甲第十一号証、証人井上慶子、横屋亀治郎、前川嘉三郎の各証言、原告井上祥太郎本人訊問の結果を綜合すれば、本件家屋の建築完成年度はいずれも昭和十九年度と解するを相当とする。もつとも成立に争のない乙第五号証によると原告井上の申請によつて昭和十八年八月二十七日竣工届がなされていることが認められるけれども、かような届出は一箇の建造物として成立すれば可能なのであつて告示のいう建築完成の時期とは不動産としての建造物の成立時期と異ることは前段説示のとおりであるから右書証について、その他の点について判断するまでもなく右認定と相容れないものではなく、その他右認定を覆すに足る証拠はない。そうすると原告井上が昭和二十五年八月末被告等に対しなした賃料増額の請求は借家法第七条により増額請求の時から本件各家屋につき昭和十九年完成として算出した修正統制額なることを当事者間に争なき第一家屋月額金千八百十六円、第二家屋月額金千七百八十円、第三家屋月額金千七百八十二円、第四家屋月額金千七百九十五円と同額に賃料増額の効果を生じたものというべきである。蓋し、右物価庁告示による家賃の修正は統制額の値上であつて借家法第七条による増額請求についても右の統制額の範囲内で適正額を確定すべきものであるけれども家賃の停止統制額及び最近に至るまでのその改訂額がいずれも一般物価に比し、低額に抑制されていたことは周知の事実であり、従つてこのような賃料で家屋を賃貸しているものは停止額が改定されれば当然にその最高額を請求する意思であり、又できるものと一般に信じており、他方賃借人の方でもそれは止むを得ぬことと諒解しているのが、普通の例であり、現に本件においても成立に争ない甲第二号証の一、二と原告井上本人訊問の結果によれば、原告井上と被告等は昭和二十四年九月五日賃料額に関し昭和十九年度建築完成として計算した修正統制額によるという趣旨の諒解が成立した旨の念書を交換していることが認められるから、かような諒解を将来の停止統制額の改訂に伴う賃料増額について暗黙の合意と認定して当事者を拘束することについては疑問があるが、少くとも他に特段の事情(例えば地代家賃統制令第八条に定める減額事由等の如し)のない限り増額請求により修正統制額と同額に賃料増額の効果を生ずるものと解せざるを得ない。ところで原告等の契約解除の意思表示の前提である昭和二十五年十一月二十六日頃到達の延滞家賃の支払催告は同年八月一日に遡つて修正統制額により賃料を計算した結果として右同年九月、十月分については正当であり、唯僅かに同年八月分においてすでに受領した従前賃料との差額すなわち被告土生につき千二百八十一円、被告菅野につき千二百四十五円、被告神崎につき千二百四十七円、被告荒木につき千二百六十円を超過しているに過ぎず、他に特段の事情のない限りこの様な僅かな超過をもつて過大催告として無効と断ずることはできない。蓋し債務の同一性を示すに支障がないからである。従つて原告井上の右履行催告は有効であり、被告等においてその延滞賃料を支払つていないことは当事者間に争がないから、右催告に基いてした原告井上の本件賃貸借契約解除の意思表示は有効というの外はない。
被告等は、家賃を支払わないについては正当事由があるから債務不履行の責はない。すなわち被告等が客観的に適正と考えていた賃料は被告土生、同菅野、同神崎は各金七百円、被告荒木は各金八百円である。そこで被告等は違法な増額請求に対抗するため原告井上において右適正賃料を承諾するまで賃料支払の請求に応じないこととしたのであると主張する。勿論増額請求の場合において増価すべき額は実際上裁判によつて始めて確定するのであるから、賃貸人の増額請求が全面的に肯定された場合と雖も賃貸人の主張するとおりの賃料の支払に応じなかつたことをもつて直ちに賃料の支払を怠つたものと見るべきではない。併しながら、被告等は自己の主張する賃料額さえ提供も又供託もしていないのであつて、被告等は元来賃借人としてその賃料額はともかくとして賃料支払義務を負担していたことを考えると信義則上、債務不履行の責を免れることはできないと解する。その他被告等に債務不履行の責を免れしめる如き事由を認めることはできない。もつとも被告等は、昭和二十五年九月十日頃訴外梅林宇三郎を代表者として、他の借家人と共に家賃として金一千円を原告井上方に持参せしめ、同人妻訴外井上慶子に受領を求めて履行の提供をしたが、右訴外人によつてその受領を拒絶されたから債務不履行ではないと抗弁し証人梅林宇三郎の証言によると昭和二十五年九月十日頃原告井上においてジエーン台風による被害を修理する気配が見えたので梅林宇三郎が被告等を含む他の借家人を代表し、その修繕資金にでもして貰う積りで、被告等については一人千円宛を取まとめ何月分の家賃とも指定せずに提供したが、受領を拒絶せられたことが認められる。(右認定に反する証人井上慶子の証言、原告井上祥太郎本人訊問の結果は措信しない)併しながらかような事実は被告等において催告期間を徒過した責を免れしめるものではない。また、証人梅林宇三郎、同神門兵右衛門の各証言、被告土生秀穂、同荒木達三郎各本人訊問の結果によれば、被告等が右同年九月より各自自分の名義で毎月一千円宛の銀行預金をしていた事実が推認し得るけれどもこのような銀行預金をもつて有効な弁済供託ということはできないのは勿論であるから被告等の債務不履行の責任は、この抗弁によつても免れ得ない。
被告等は、更に、原告井上がジエーン台風による本件家屋破損箇所の修繕義務を怠つているから、同人の修繕義務不履行に対し同時履行の抗弁権を行使して家賃の支払を拒絶しているものであるから債務不履行の責はないと抗弁するが、証人井上慶子の証言によつて真正に成立したと認める甲第三号証の一乃至六第四号証の二、証人井上慶子、同梅林宇三郎の各証言、原告井上祥太郎、被告等四名各本人訊問の結果、現場検証の結果を綜合すれば、昭和二十五年九月三日のジエーン台風の後、原告井上が本件各家屋を含む全ての借家の破損箇所を修繕するために借家人の一人である訴外富田某に対し当時人手不足であつた大工の斡旋方を依頼した事実、同年九月中旬から翌十月末にかけて原告井上が右訴外人より斡旋された大工をして本件各家屋の破損箇所を修繕させた事実並びに右修繕は完璧とは行かないまでも社会観念上相当と認められる程度に施されており、被告等の居住に格別支障を来たしていない事実を認めることができる。そうすれば、原告井上は本件各家屋についての修繕義務を尽しているものというべきであつて、同人の修繕義務不履行を理由とする被告等の右抗弁もまた失当である。以上の次第であるから、被告等の債務不履行を理由として、原告のなした契約解除の意思表示は有効で本件各家屋賃貸借は右解除により消滅したものというべきである。従つて、被告等はいずれも本件各家屋に居住する権限がなくその賃借各家屋を賃貸人である原告井上に返還すべき義務を負うと同時に、被告土生、同菅野、同神崎においてはその居住各家屋の所有者である原告上田に対してもその居住家屋を明け渡す義務がある。よつて原告等が、被告土生、同菅野、同神崎に対し、原告井上が被告荒木に対し、その居住する本件各家屋の明渡を求める本訴請求は理由があるのでこれを認容する。
次に反訴について判断するに、原告井上及び被告等間の賃貸借契約が賃料不払を理由とする解除によつて消滅したことはさきに本訴において認定したとおりであるから本件第一、第二、第四の各家屋については賃料月額金七百円、第三家屋については賃料月額金八百円とする賃貸借の存在することの確認を求める被告等の反訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却する。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第二百四十条、仮執行の宣言並びにこれが免脱の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮崎福二)